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東京高等裁判所 昭和61年(ラ)236号 決定

抗告人 指ケ谷健三

相手方 エリザベスイングリット マリシーラウォーカー

事件本人 指ケ谷幸二ダニエル

主文

原審判主文第2項を次のとおり変更する。

抗告人は相手方に対し、昭和61年4月から同年11月まで毎月末日限り金6万9000円、同年12月から本案審判が効力を生じるまでの間、毎月末日限り金3万5000円を仮に支払え。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙即時抗告申立書記載のとおり(抗告の趣旨略)である。

二  抗告人が相手方と離婚した経緯及び抗告人、相手方のその後の生活状況、収入等は原審判理由説示のとおり(但し相手方の借家の家賃は現在月額15万円である。)であるからこれを引用する。

三  抗告人は、相手方の監護費用仮払の申立ては保全の必要性を欠くと主張する。

しかしながら、本件記録によれば、相手方は○○○○大使館に勤務していた当時は余裕のある生活をしていたが、同大使館を解雇された後は収入も半減し、事件本人の学校の授業料、給食費の支払いにもこと欠く状況であること、抗告人の任意の履行には期待しえない状況にあることが認められるから、事件本人が日本人父とイギリス人母の混血で、○○○○人学校に現に通学している特殊事情を考慮すれば、養育費の仮払につき保全の必要があることが認められる。したがって、抗告人の右主張は理由がない。

四  そこで、養育費の仮払額につき検討する。

たしかに相手方の現在の収入と支出の状況のもとでは、事件本人の授業料を支払うことも困難であるが、相手方は○○○○大使館勤務の外、フランス語の個人教授等のアルバイトで若干の収入を得られる能力を有し、現にそのような方法で収入を得た経験もあるから、更に収入増加のため努力する余地がある。他方支出の点についてみても、収入額とは釣り合わない高額な家賃を支払っていること、右学校では給食費(年額20万7000円)も必ずしも必要な支出とは認められないこと等相手方が外国人であることを考慮しても、なお相手方の改善と努力により支出を削減できる余地のあることが認められる。

他方抗告人も長男を養育していることや原審判が認めた可処分所得の外、大学教授として研究に必要な研究費等の支出の必要のあることをも考慮すべきであるから、事件本人の授業料、給食費の全額を仮に抗告人の負担とするのは相当でない。相手方は原審判の認めた養育費を毎月強制執行により取り立てこれを既に授業料、給食費として事件本人の学校に支払っていること、相手方に今後なお生活方法の改善と努力を期待する面のあること、抗告人も年額30万円程度の負担はこれを認めていること等本件記録に表れた一切の事情を考慮し、抗告人に仮に負担させる額は、昭和61年12月からは本案審判が効力を生じるまでの間、月額3万5000円とするのを相当と認める。

よって、原審判を右の限度で変更することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 時岡泰 山崎健二)

即時抗告申立書

抗告の理由

1 原審判は抗告人の可処分所得を過大に見積もっている

(1) 原審判の可処分所得計算

収入             支出

○○大学 7,572,874 所得税       705,700

○○女子大  540,000 社会保険料     420,949

住民税       609,240

固定資産税     157,380

ローン返済金約 1,000,000

長男養育費約  1,200,000

合計  8,112,874  合計      4,093,269

とし、年間の可処分所得金額を402万円で、1ケ月当たり33万5000円としている。

(2) 現実の必要経費の総額と可処分所得額

抗告人がその職業的生活を維持し、上記の収入を上げるために必要な経費は上記

原審判の認定にとどまらず、次のようである。

所得税               705,700

社会保険料             420,949

住民税               609,240

固定資産税             157,380

住宅金融公庫返済金(年額 以下同様) 411,080

○○○○銀行住宅ローン       477,622

○○労働金庫貸付金返済       240,000

文部省共済組合貸付金返済      244,075

自動車維持費(保険、燃料費等)   360,000

○○○研究会費維持運営       250,000

書籍・研究費            800,000

渡○旅行費(研究のため年1回)   500,000

長男養育費           1,200,000

合計              6,376,046

即ち原審判が認定しているローン返済金100万円を考慮した上、再計算してみると、抗告人の必要経費は約637万円となり、年間の可処分所得は173万円、月当たり14万4700円に過ぎない。

そして、抗告人の大学教授としての生活を維持するためには、少なく見積もっても毎月12万円の食費、衣服費、交際費、水道・光熱費、諸雑費が必要なのであるから、(子に対する扶養義務が所謂生活保持義務だということを考慮に入れたとしても)長男の養育費120万円余を負担した上でなお相手方が親権を行使し、かつ監護養育している事件本人の養育費として抗告人に負担させることが求められる金額としては、多く見積もっても月あたり2万円が妥当である。

2 原審判は相手方の可処分所得を過少に見積もっている

(1) 原審判は相手方の収入が、○○○○大使館からの月給22万円とフランス語教授の月謝2万円の合計24万円とする。しかし、いずれの収入額についても、信用に値する証明書は提出されていない。とりわけ、大使館からの支払に関しては、大使館発行の給与の支払調書ないしは源泉徴収票の提出があるはずであり、相手方自身の作成にかかる書面のみに基づいて認定した原審判は誤っている。

(2) 次ぎに、相手方が○○○○大使館を退職する際に得た600万円の退職金は、本来相手方と事件本人の生活費に充当されるべきものである。しかるに、原審判はこの金を相手方が香港旅行や、○○○○旅行に費消した事実のみを認定し、その使途の当否を問わない。この○○○○旅行は相手方の就職運動のためになされたのではないことは、抗告人は証拠を以て証明することができる。相手方がその享楽のために通常必要でない遊興費を支出し、その結果子の養育費の支弁が困難になったとして、離婚後、その親権を失っている抗告人にこれを負担させるのは、公平の観点からみて如何なものであろうか。

(3) 同様のことは、相手方が要するという生活費、事件本人が要するという学費についても当てはまる。即ち、相手方は24万円の月収しかない、と言いながら、14万円もの家賃の家を借りている。月収に見あった家賃の家を選択すべきではなかろうか。

20万7000円の給食費も言語道断である。同級生の大半は家から弁当を持参し、一日2000円もの給食をとるのは、例外的に裕福な家庭の子女に限っている。この給食をとるのは本来職員のために設けられた食堂である。相手方が自ら弁当を作ってやる位の愛情もなく、そのしわよせを抗告人の養育費に求めるのは筋が違うと言わねばならない。

相手方が日常乗り回している自動車も、いすずのピアッツァという、価額にして200万円もの車であることも、考慮に入れる必要がある。

(4) 以上要するに、離婚後に相手方から抗告人に対して事件本人の養育費を請求できることがあるとしても、抗告人も長男の養育費を全面的に負担している事実のほか、かかるケースにおいては、まず相手方において可能な限り生活保持の義務を尽くしたということが前提であり、単に両親が事実上の別居している場合に両親を並列的に見て、資力の有無のみで養育費の負担割合を決定することは条理に反すると言うべきではなかろうか。

3 原審判は養育費の範囲及び金額を過大に見積もっている。

原審判は養育費の額として、事件本人の通学している○○・○○○○・○○○○の授業料および給食費の合計額を82万2000円とする。その内、給食費についてはその不当なるごとを上にのべた。授業料についていえば、○○・○○○○・○○○○では日本の正規の大学入学資格は取得できないし、また事件本人が日本語の学力に不安があるとしても、帰国子女を受け入れる学校も存在する。百歩譲って、○○○○語で授業を受けるしかないと考えても、両親の経済状態に見合うものとして、○○○○本国の公立学校(学寮も付属している)に入学させることが出来る。このような幾多の選択の余地があるのに、これを全く無視して高額の授業料および給食費を抗告人に負担させるのは、不当である。

4 原審判は保全の必要性について事実を誤認している

抗告人は、原申立以前から事件本人の給食費相当額を負担・支払してきた。申立後も、例えば昭和61年3月30日付けで原裁判所調査官あてに提出した書面で述べたように、抗告人は、

〈1〉 新学期より相手方が事件本人の昼食弁当を用意するという約束があれば、従来支払ってきた給食費を授業料に回し、授業料の半額(年3回、約10万円ずつ)を負担する。

〈2〉 滞納している授業料41万6340円も半額は負担する。

との申し出をなしているのである。

だとすれば、原裁判所が保全処分を命ずる迄の必要性は原審判当時既に存在しなかったのであり、原審判はこの点においても違法である。

添付書類

貸付金証明書(住宅金融公庫)

〃(○○○○銀行銀行ローン)

〃(共済組合)

〃(労働金庫)

請求書、領収証(○○○研究会支出金)

委任状

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